2011.01.19 Wednesday
解すな!割れ!遠ざかれ!〜昭和カネフスキー〜
ベストの状態を記憶していると、それを追い求めてしまう、ということが巷ではあるらしい。
むう、この茶碗の焼き上がりは、あれには遠く及ばん!作り直しじゃ!とか、そういうの。
よし、自分にも、何かしらそういう部分がないか、探してみよう。
しかし、緑茶で3分、珈琲で2分程、じっくり考えてみたが、うーん、思いつかない。
あと紅茶で5分程考えれば、思いつくかも?という発想もなくはなかったが、
今までの経過をみると、徒労に終わることは想像するにたやすい。
うーむ。
結局、私が思いついたのは「肩が凝っていない状態」に思いを馳せる、ぐらい。
つまり、指圧に行ったり、器具でほぐしたりした後、
むう、この感じは「肩が凝ってない状態」には遠く及ばん!ということ。
なまじっか、小学生の頃とか、肩凝りのない時があったから、
「肩が凝っていない状態」というゼロのエクスタシーを想像してしまい、今の状態との差分が気になるのだろうか。
しかも、年々、その差分は広がっているような気もする。
うーむ。
まあ、それも悪いことばかりでもない、と気がついた面もある。
というのも、ほぐす時の気持ちよさも、年々増している気がするからだ。
数年前と比べても、確実に。
テケトーな自己啓発本の目次風に書くと
追い求める理想との距離が遠い程、プロセスでの快楽は増大する。
ということになろうか。
単なる肩凝りも、ここまで書くとカッコいいなぁ(嘘)
・・・いや、ただのオッサン化の一端なんだろうけど。
JUGEMテーマ:陶芸








